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習志野市 未来のために〜みんながやさしさでつながるまち〜習志野
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No.75 平成16年12月1日号 習志野市誕生4 白鳥市長の理想

更新日:2007年8月23日

新ならしの散策 No.75

習志野市誕生 4 白鳥市長の理想

 津田沼町長から習志野市初代市長となる白鳥義三郎氏は、当時の新しい学問である「都市計画論」を、大学で教えていた学者市長でした。白鳥市長が大学で教鞭(きょうべん)をとっていたドイツでは、大きな都市を理想とする考え方に対して、人口2万人規模の中小都市を理想とする「小都市論」が唱(とな)えられていました。また、視察で訪れたアメリカでは、巨大都市と衛星都市についての研究がさかんでした。白鳥市長は欧米で研究したこれらの理論を、津田沼町や新生習志野市で実践(じっせん)するつもりだったようです。

 そんな白鳥市長の思いを伝えるエピソードを一つ紹介しましょう。昭和29年(1954年)1月12日、津田沼町と千葉市のいずれと合併すべきか、町内を二分するほど揺れていた幕張町の講演会でのことです。市町村合併についての意見を求められた白鳥市長(当時は津田沼町長)は次のような喩(たと)え話をしました。

 「私は去年娘を出すにあたり、大きい資産家や名望(めいぼう)家に嫁(とつ)がせるか、あるいは庶民階級ではあるが、前途ある青年に嫁がせるかということについてずいぶん考えた。結局後者の方を選んだが、今幸福に暮らしている。大きな市への合併が必ずしも良いとは言えない」。

 新生習志野市を「前途ある青年」にたとえ、幕張町に習志野市建設への参加を説(と)いた白鳥市長の思いが伝わってくる話です。習志野市誕生後の新聞のインタビューでも、白鳥市長は「おそらく全国で最小の市かもしれませんが、こじんまりとしたモデル都市として・・・市民本位の住みよい都市を建設したいと思います」と語っています。

 習志野市が誕生した時の都市計画を見ると、東京湾の埋立地と地下に埋蔵されている天然ガスを活用した工業都市構想や、旧軍跡地を活用した学園都市構想などがあげられています。特に目を引くのが、建設機械を購入して市が直接都市計画を推(お)し進めるという方法です。当時の市役所の土木課は別名「習志野建設部隊」と呼ばれていたそうです。都市改造を行い、小さくとも効率の良い活力あふれる中小都市を建設しようという白鳥市長の理想から、半世紀が過ぎました。

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