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習志野市 未来のために〜みんながやさしさでつながるまち〜習志野
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No.53 平成13年11月1日号 ならしの“よもやま話” 駒止谷に沈んだ恋

更新日:2007年8月23日

ならしの“よもやま話” 駒込谷に沈んだ恋

 実籾本郷公園内に、民話の広場があるのを御存知ですか?旧鴇田家住宅を背景にしたその広場には案内板が設置されており、千葉県に伝わる22の民話の一つとして、習志野市の「駒止谷〔こまどめやつ〕」の話が紹介されています。そこで、今回は、そのお話のあらましについてふれてみたいと思います。

 習志野原は、江戸時代には大和田原と呼ばれ、見渡す限り茅や灌木が生い茂る広い原野でした。その大和田原の西南端に、一人の若者が住んでいました。この若者は、五反ばかりの少ない畑を耕し、病弱な父と幼い弟たちとともに、かろうじてその日の暮らしをたてていました。
 ある日若者は、荷車を引いて船橋の市場へ野菜を売りに行きました。そして、市場の人混みの中に、母親の野菜の積みおろしを手伝う“おきん”という娘を見かけたのです。若者は、一目でおきんに恋をしました。そして、この娘を嫁にもらいたいと思うようになりました。しかし、田畑の少ない今の貧しい境遇では、どうにもなりません。そして、思案の末に思いついたのが、駒止谷の泥沼だったのです。
 大和田原の中央にある駒止谷の急な斜面をおりると、底がないといわれる泥沼がありました。若者は、この谷底の泥の中で、たらいに乗って田植えをし稲を育てたのです。そして、秋になると、稲は実ってたくさんの米がとれました。そこで、若者は、来年から谷に広く稲を植えて米をたくさんとり、畑や田を増やすことをおきんに伝え嫁にもらいにいくと約束をしたのです。おきんも、母が夫となる人は、百姓熱心な人がいいと言っていると答えて承諾してくれました。
 しかし、次の年もその次の年も、数倍の稲を植えつけたにもかかわらず、稲作は失敗に終わりました。その間、おきんは母親に死に別れ、遠い国へ出稼ぎにいってしまいました。
 そんなある夜、若者は、駒止谷の稲が数年ぶりによく育ち、黄金の穂をつけて波打っている夢をみました。若者は、飛び起きて谷底へと駆けつけ、震える手でその稲穂をつかみました。しかし、それは稲穂ではなく、泥沼に生い茂っている葦の葉だったのです。踏み込んだ足は沼にもぐり始め、若者の身体は、ついには泥深い沼の中へと沈んでしまいました。
 それから一年たった春、同じように沼に沈んでいった若い女がいたそうです。しかし、その女がどこの誰であったかは今でもわかっていません。

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