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習志野市 未来のために〜みんながやさしさでつながるまち〜習志野
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No.28 平成10年6月15日号 幻の学校計画

更新日:2007年8月23日

幻の学校計画

 3月15日号の新ならしの散策では、大正初期に市内で創立された私立学校の様子をお伝えしましたが、この時代は、全国的にみても、官立また私立を問わず、中等・高等の学校が急激に充実してきた時期でした。大正14年(1925年)12月6日の千葉毎日新聞には、「津田沼海岸に遠藤博士の高等学院建設」の見出しとともに鷺沼(現在の鷺沼台4丁目付近)に創立者遠藤隆吉博士によって、私立巣鴨学園が移転されることの一報が掲載されています。ここには「…鷺沼は文化の中心となりその原頭に文明の一偉観を呈すべく期待せらる」とあり、地元を含め、学校建設への期待が表されています。
 おって昭和2年(1927年)2月1日の同紙の記事には、大正天皇の崩御によって延期されていた巣鴨学園の起工式がまもなく挙行されることを報じています。しかし、土地の登記も終わり、実現間際だった計画は、なにかの理由のため急きょ取りやめになったようです。
 その後、その地には遠藤博士によって「習志野体育奨励会」が設立されました。当時、理事として実質的な運営にあたった大久保の張替家には体育奨励会のパンフレットが伝わっています。これによると、東京近辺の諸学校に学校教練の場を提供する目的で、運動場・廠舎〔しょうしゃ〕などを建設したようです。使用料は学校の種類によって異なりますが、中等学校以上の場合、一泊三食付き(上野または押上から大久保までの往復電車賃込み)で、1円45銭でした。付帯設備の中に銃の洗浄台や銃架(銃を立て掛けておく台)があるのが当時の社会状況を映し出しています。しかし、学生にとって息抜きになるような芋掘りや潮干狩りができることも案内して、興味深いものとなっています。張替家に残されていた受領証によると、開成中学校、安田工業大学、聖学院中学校、東京農業大学、府立第九中学校などが利用した様子が残されています。この体育奨励会の建物は終戦直後、戦災で被害を受けた巣鴨経済専門学校(後の千葉商科大学)が東京より移転し、さらに国府台に移るまでの数か月間、校舎として利用されました。
 鍛錬場として学生たちの汗が流されたこの地は、今は梅林園や閑静な住宅街へその姿を変えています。

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