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No.76 平成17年2月1日号 縄文時代の耳飾の謎

更新日:2007年8月23日

新ならしの散策 No.76

縄文時代の耳飾の謎

 右の写真は市内にある実籾霊園遺跡から出土した縄文時代の耳飾りです。
現存するのは縦3.8センチメートル、横2.2センチメートルほどですが、本来は点線で示 した部分もあったと考えられます。けつ(漢字は「おうへん・王」に「カイ・夬」)状耳飾と呼ばれています。

古代中国の「けつ」という装身具に形が似ているためこの名がつけられました。けつ状耳飾には石製(せきせい)・土製(粘土を素焼きしたもの)・骨角製のものがあり、写真のものは土製です。土製けつ状耳飾は縄文時代前期後半から中期初頭(放射性炭素推定年代で約五千年前)に、主に関東地方で使われました。実籾霊園遺跡出土のものは、時代のわかる遺構(住居跡や穴の跡)から発見されたものではありませんが、形の特徴などから、おそらく前期後半のものでしょう。

 ところで、どのようにして耳に着けたのでしょうか?実はよくわかっていません。縄文時代中期から晩期に使われた、滑車のような形をした耳栓(じせん)という耳飾りは、耳たぶにあけた穴にはめ込んでいたことが土偶などから明らかですが、けつ状耳飾にはそのような資料がありません。耳栓と同様に耳たぶに穴をあけてピアス状に通していたという説や、耳飾りの切れ目の部分で耳たぶをはさんでいたという説などがあります。

 では、どんな人々がどんな時に耳飾りを着けたのでしょうか。石製けつ状耳飾は女性が着けた例が多いようですが、土製品は人骨と一緒に出土した例がなく、わかっていません。集落の一部の人に限られていたのかどうかについても諸説あります。普段から着けていたのか、それとも死者を埋葬するとき副葬するためだけのものだったのか、ということも現段階では謎に包まれています。

 このように謎の多いけつ状耳飾ですが、縄文時代がどんな社会でどんな文化だったのかということを考える上で、逆に欠かすことのできない手がかりを与えてくれる遺物であるともいえ、今後の新発見や分析成果が期待されます。

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