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習志野市 未来のために〜みんながやさしさでつながるまち〜習志野
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No.35 平成11年3月15日号 おそろしい伝染病

更新日:2007年8月23日

おそろしい伝染病

 この冬のインフルエンザの流行も、ようやく終結の兆しをみせています。これら伝染病の流行は、医業の発達していない時代には防ぎようがなく、ひとたび発生すると大流行して、非常に多くの犠牲者をだしました。
 繰り返されてきた伝染病のうち、歴史に残っている有名なものには、中世ヨーロッパを襲ったペストがあげられます。これは「黒死病」とよばれ、たびたび流行しました。その中でも1347年から始まった流行は最悪なもので、3年間でヨーロッパの人口の3分の1の人々が亡くなったと伝えられています。

 日本でも安政5年(1858年)にコレラの大流行があり、27万人が亡くなったと伝えられています。このことは、鷺沼村の渡辺東淵〔とうえん〕が記した「渡辺東淵雑録〔ざつろく〕」に、「船橋漁者〔りょうじゃ〕町併ビニ村々ニテ人多ク死ス、其外〔そのほか〕所々ニテ、疫病流行、諸国人多死」と記録され、医者であった東淵も関心をもっていた様子が伺えます。
 また、近代に入っても大正7年(1918年)に始まったインフルエンザの大流行により、日本国内でも15万人が亡くなりました。当時、習志野原にあったドイツ人捕虜収容所でも、30人の捕虜のほかにも、収容所長の西郷寅太郎中佐までもが亡くなりました。
 戦後になり、伝染病の大きな流行は減ってきましたが、時折、伝染病患者が見つかり、大騒ぎになることがありました。昭和39年には習志野市内でコレラが発生しました。このときは、市内全域で予防接種やヘリコプターによる薬剤散布など、大規模な予防対策が講じられ、大流行を未然に防ぐことができました。
 このように人々に恐れられた伝染病も、防疫技術の向上や医療の充実、下水道などの普及による衛生的な環境の設備により、大流行が未然に防げるようになってきました。

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