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令和2年10月掲載分

更新日:2021年2月10日

コロナ禍中“巣ごもり生活”脱出!秋の夜長に「とっておき習志野夜景スポット」を楽しむ

2020年10月30日

時あたかも秋本番

 読書、スポーツ、芸術……やりたいことは山程あるも、悲しいかな「秋の日は釣瓶(つるべ)落とし」。夕餉(ゆうげ)の後、「おやすみなさーい!」まで、文字通り余りに長すぎる“秋の夜長”を持て余し気味?の貴女(あなた)に贈る……“GoTo”ならぬ「Go!Tonight!“習志野・夜の絶景”巡り」。

 
 “厳戒!コロナ”禍中のこの秋。できるなら「夜間の遠出」は避けたい方へのお勧めは、「スポーツの秋」に最適!今やブームの「ナイトピクニック」……和訳すれば「黄昏時のご近所散歩」でしょうか?

朝晩は一段と涼しさを増した10月初旬

 1日の夜は「十五夜(中秋の名月)」、翌2日は新月から数えて十六日目の「十六夜(いざよい)の月」で、図らずも“連夜のお月見会”というサプライズに恵まれた。ちなみに今月は「月齢」の巡り合わせで、2日と31日、二回の「満月」を眺められると言う。
 
 その満月の宵、カメラ片手に「夜景と天空のコラボ」を鷺沼4丁目の()(せん)橋から撮影中、「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治 著)、「暗夜行路」(志賀直哉 著)、「月に吠える」(萩原朔太郎 著)「月と六ペンス」(サマセット・モーム 著)等々、名だたる文豪の「名作の数々」がふと頭をよぎったのも“読書の秋”なればこそ。

10月半ば、二度目の「ナイトピクニック」を楽しんだ

 暮れなずむ「谷津遊路商店街」から「谷津バラ園」を経て、「谷津干潟の夕焼け」に心癒される……という贅沢、かつ、ちょっぴり欲張りな?散策コース。

 夕日に染まる谷津保健病院棟。閉園後のバラ園で静かに佇む?妖艶な女性塑像(そぞう)や路傍にひっそり咲く夜のバラ一輪。鮮やかなワインレッドに包まれる干潟と野鳥の営み。西方の空にくっきり浮かぶ“霊峰”富士のシルエット……。

 この地に住んで三十数年間。初めての「習志野・夕暮れ探訪」に心軽やか家路の途中、見上げた夜空に“マスク顔?”のお月様……「えっ?!マスク!」……途端に“辛い日常”に引き戻されたのは言うまでもない。

【取材・写真】広報まちかど特派員 坂田薫さん

白鷺群れ飛ぶ「鷺沼」とゆるやかな清流「堀田川(ほったがわ)」〜忘れられゆく鷺沼の歴史〜

2020年10月15日

 10月2日、菊田公民館で開催された講座「鷺沼の堀田川」を受講しました。講師は江口和夫先生。あまり知られていない鷺沼の歴史や往時の人々の暮らしぶりを、ユーモアを交えて分かりやすく解説して頂きました。

 江口和夫先生は船橋市の ご出身で、 谷津小学校を始め とする 多くの市内小学校の教壇に立たれ、藤崎小学校の校長先生を勤められた後、5年前に退職されました。
 現在は菊田公民館の生涯学習相談員として、地区学習圏会議が主催する講座のほか市民カレッジの講師なども担当されていらっしゃいます。
 埋め立てられた堀田川を取り上げた理由を伺うと、「このままでは堀田川の存在が人々の記憶から消えてしまう…」と答えられました。
 多くの文献や資料を渉猟(しょうりょう)するのみならず、古くから住む住民への聞き取りや現地調査で確認した情報に基づく講義はとても有意義であり 、その一部をご紹介させて頂きます。

 

鷺沼の由来と今は知る人の少ない堀田川

 江戸時代の古文書には流れが記載されているようですが、鷺沼地区を北から南へ流れる川として堀田川がありました。堀田川の名前の由来は、「堀田という 小字(こあざ)名から」、「田んぼを掘ったから」、「鷺沼城のお堀だった」という説がありますが、詳しい所はよく分かっていません。
 日清戦争が起きた明治27(1894)年には、総武鉄道(現JR総武本線)の敷設工事で低地に土を入れて土手を築いたため、堀田川が二分されて沼ができたようです。周辺は広い湿地帯で雨量や湧水等により沼は大きさや形状・位置が変化しており、詳細はよく分かっていません。
 沼にはその名の由来の通り白鷺が多数飛来して、沼から流れ出る堀田川は幅の狭いゆるやかな清流として魚なども多く、子どもたちの良い遊び場であったようです。農業用水としても利用され、沿岸の水田を潤していました。
 昭和29(1954)年に完成した鷺沼小学校から東へ下った堀田川沿いには、一時養魚場としての沼があり、鰻や鯉などが養殖されていました。

写真左:昭和43年頃堀田川の清流(所蔵:習志野市) 
写真右:昭和42年頃河口付近の様子(所蔵:習志野市教育委員会)

堀田川の埋め立て

 昭和33(1958)年頃から宅地開発と住宅建設が急速に進み、堀田川の水質が悪化。周囲に悪臭が漂い、蚊も大量に発生して感染症の危険性が出てきました。その対策として昭和42(1967)年から45(1970)年にかけて、公共下水道の排水管を設置して堀田川を 暗渠化(あんきょか)する工事が行われました。公衆衛生と都市環境整備のためにはやむを得ない措置でしたが、これで堀田川の流れは人々の目から永遠に遠ざかってしまいました。  

堀田川の名残を訪ねる

 それでは昔の堀田川に想いをはせて、清流の名残を訪ねてみましょう。


<注>川の流れは記者の推定

本大久保3丁目の高台あたりが源流で、堀田川は南西に流れていたと思われます。

鷺沼台4丁目児童遊園には地下に調整池が(C)

両側が高台になっており、道は南西方向へ続く(F)

 堀田川の流れを想定して、ゆっくり歩きました。小川のせせらぎは聞こえず、両岸の風景も様変わりして往時を偲ぶことは全くできませんが、歩いた後はなぜかとても懐かしく、爽やかな気分になりました。

終わりに

 「鷺沼の堀田川」講座では、より具体的な解説と歴史的に重要な施設のご紹介もありましたが、紙面の都合上ご紹介できなかったことをお詫びいたします。江口先生が参考にされた記録集『うつりかわる鷺沼』(昭和48(1973)年9月30日)は、習志野市立中央図書館に保管されていますので、興味のある方は閲覧してみて下さい。
 今回の取材に関しまして、江口先生から多大なご指導とご協力を頂きましたことに、厚くお礼を申し上げたいと思います。来年2月頃には次回講座が予定されているとのことで、今から楽しみに待ちたいと思います。

【取材】 広報まちかど特派員 三浦由久さん

25周年おめでとう!いつまでも好奇心を持って!

2020年10月7日

 わが街習志野にはタウン誌「KIRACO」がありますがご存じですか?

 早いもので「KIRACO」は今年、創刊から25周年を迎えました!

 
 そもそも、どのようにして「KIRACO」は誕生したのでしょうか? 習志野市では、生涯学習の推進として市民に掲げた「一市民、一文化・一スポーツ・一ボランティア」のスローガンのもと、男女共同参画推進のために「女性フォーラム」等を市民と共に企画・運営していました。その実行委員のメンバーだった井手(いで)郁子(いくこ)さんと小形(おがた)涼子(りょうこ)さんたちが、私たちの住む街の情報を一冊の情報誌として発信するために立ち上げたのが「KIRACO」です。

KIRACO

 
 タウン誌のない街は活気がないと言われていますが、灯台下暗しとはよく言ったもので、自分が住んでいる街の事を、皆さん意外と知らないですよね。「KIRACO」はわが街の情報発信の担い手として頑張っています。

 
 

 
 
 
   
  

  
 編集長の井手さんは「常に好奇心を持って前向きに!歩みを止めることなく人との出会いを大切に」がモットー。「書くことが好き」「旅行も好き」と、楽しむ気持ちを忘れずに、常に企画を考えながら毎号送り出しています。定番のコーナーもいくつかありますが、私たち読者が投稿するコーナーもあり、毎号楽しみです。


 そんな井手さんと「KIRACO」には武勇伝がいくつかあります。

・2カ月毎の発行日に遅れたことがない(過去には思いがけない怪我で入院し、病院で最終校正をしたことも)。

・印刷前日、「それ載せないで……」と掲載記事が取り消しに。頭の中の引き出しからネタを引っ張り出して記事を作成した。

などなど

この他、「KIRACO」は国立国会図書館にも納本されています。

 
 
 「KIRACO」の”CO”はCOMPANYの頭文字です。

スポンサーや読者があっての「KIRACO」。一緒にその頑張りを応援しましょう!

KIRACO

【取材・写真】広報まちかど特派員 佐藤佐知子さん

祝 習志野タウン誌「KIRACO」創刊25周年〜好奇心で走り続けて

2020年10月1日

KIRACO


 習志野のタウン誌「KIRACO(きらこ)」が9月で創刊25周年を迎えました。1996年に創刊、隔月に発行し、9/10号は通算145冊目になります。


 編集メンバーは、市内在住の井手郁子(いでいくこ)さんと小形涼子(おがたりょうこ)さんです。今回、編集発行人の井手さんにお話を伺いました。


 誌名の「KIRACO」とは、「『きらきら』で集まった女の子」という意味。「KIRAKO」ではなく「KIRACO」にしたのは、「company 一会社を目指す」という気持ちを込めたからだそうです。男女共同参画センターが発行する情報紙「きらきら」の編集に携わっていた女性数人で「習志野にもタウン誌を作ろう」と思い立ったことが誕生のきっかけとのことです。しかし、一年後には井手さんと小形さんの二人となり、そのまま二人で作り続けてきました。


 KIRACOは表紙が目をひくカラー印刷。いつでもバッグからさっと取り出して読める手のひらサイズ(A5)で、創刊当時から変わっていません。近隣地域のお店の紹介やイベント情報、取材記事、文化人のエッセー、投稿文と、読みごたえ十分な内容です。

 KIRACOには「物事を決めつけない」公平なジャーナリストの確かな目が随所に光っているのを感じます。

井手さん


 井手さんは元新聞記者でガイドブックライターも手掛けていました。「取材すること、書くことが大好きで、そこには新たな出会いの喜びがある」そうです。ご自身のことを「好奇心のかたまり」とおっしゃっていました。そして「企画のアイデアが次々と湧く」そうで、意欲満々な姿が印象的でした。

 

 井手さんに思い出深い企画について尋ねると、第1号の「習志野市は何色?」とのことでした。多くの人に実名のアンケートを書いてもらうことで、「わがまちについて」を深く考えてもらいたかったそうです。

 

 25年の間には病気や骨折で入院したこともあったそうですが、初心より貫いている「プロとしての覚悟」が支えになり、休まずに予定どおり発行したそうです。

 井手さんは、社会福祉協議会香澄支部長も長く務められ、地域の顔としても活躍されています。

 
 

 井手さんの好きな言葉を紹介します。

 

「弱音吐くまい 女がすたる」

「一度っきりの 人生だから」

「しなやかに したたかに」

「遊びをせむとや 生まれけむ」

「悔いはないけど 未練は残る」


 筆者がKIRACOに出会って3年余り、ちょっと深掘りの”まち”や”人”の言葉が心地よく響いてきます。KIRACOは市内図書館の他、商工会議所、提携店など関係先で閲覧できます。残していきたい活字文化がここにあります。スポンサー、購読者も広く募集中です。

 

 井手さんは今後もKIRACOとともに、「面白いことないかな」と飽くなき好奇心で、情熱のままに走り続けていくことでしょう。25周年、おめでとうございます!

 

問い合わせ先

(有)きらこ編集室 047-454-8481

mail kiraco@jsi.co.jp (net@jsi.co.jp)

URL https://kiraco.net

 

【取材】広報まちかど特派員 三橋美智子さん

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