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習志野の王冠たれ 【12月1日更新】

更新日:2017年12月1日

習志野高校、創立60周年

習志野高校設立60周年記念式典

 習志野市立習志野高等学校は、今年、創立60周年を迎えました。
 11月7日には、習志野文化ホールで創立60周年記念式典が挙行され、各界からのお祝いの言葉に続いて、後援会会長、習友会会長をはじめとして習志野高校を支えてきてくださった方々への表彰状、感謝状の授与、在校生代表のあいさつなどがありました。式典後には吹奏楽部の記念演奏もあり、還暦の習志野高校へのお祝いモードに包まれた一日でした。

 習志野高校の設立が計画されたのは、まだ市制が施行される前、津田沼町だった昭和26年のことでした。当時の町議会に、「津田沼町の中学卒業生のうち、進学希望者が激増していることから町立高等学校の新設を求める」との趣旨の意見書が提出されたのです。
 当時から既に津田沼町長であった初代習志野市長白鳥義三郎氏は、「一年の計は穀を植えるにあります。十年の計は木を植えるにあります。そして百年の計は人を育てるにあります」と常に人々に説いて教育の振興に努め、ついに念願かなって昭和31年12月に習志野高校設立許可、昭和32年4月に最初の入学式を迎えました。

雑草の如く逞しく

 習志野高校の校歌をご存知ですか? 
 野球部が甲子園に出場すると、試合がある度に出場校の校歌が歌詞の字幕付きで流れますので、習志野高校出身者でなくても口ずさめる方もおられるでしょう。
 歌いだしはこうです。

    ♪ 君知るや ここ津田沼の 花薫る丘に
     今日も鬱勃と 湧きやまず
     青き雲波 逞しく 四海を望む … ♪

 

 この歌詞を見て、おや、と思われる方もおられるかもしれません。習志野高校は現在、実籾駅から870メートルほど北に向かった東習志野1丁目に建っています。
 習志野高校が今の地に移転したのは昭和50年3月であり、設立当時は校歌の歌詞にあるように、「海を望むことができる」「津田沼の丘」、つまりここ、現在市庁舎が建っているこの場所に、校舎建設が急がれていました。
 しかし残念ながら、第1期生の入学式には校舎の竣工が間に合わず、新生習志野高校は、京成津田沼駅脇の津田沼小学校校舎の一部を仮校舎として借りてのスタートを切ることになりました。そして、その年の8月に円形校舎(正式には16角形)が完成し、11月に開校・落成式を迎えたのです。

習志野高校円形校舎
習志野高校円形校舎

 設立当初の学校敷地は狭かったようです。円形校舎は廊下面積が少なくてすみ、省スペース化が図られるという特徴がありましたが、それでも円形校舎の西側には市役所庁舎があり、グラウンドの南側には市営住宅や消防庁舎もありました。

 昭和41年卒業で中日ドラゴンズで活躍した谷澤健一さんは、当時のことを次のように語っておられます。

 高校時代の思い出は、グラウンドが狭かったのが印象的でした。
 バックネットもなかったな。
 練習をする十分なグラウンドがなくて、サッカー部と取り合っていました。
 3年生の時に校長が「グラウンドを拡張しよう」と言い出して、女子生徒も含めて全員で、グラウンドより5メートルくらい高い位置にあった畑をシャベルやつるはしを使って崩して校庭を拡張しました。  
       (広報習志野 平成8年1月1日号より)

 
 これぞまさしく、初代山口校長が残された言葉『雑草の如く逞しく』そのものですね。

習志野の名を全国に!

 その後習志野高校は、文武両道の活躍で全国に習志野の名を広めるとともに、2万人を超える卒業生を社会に送り出し、政治、経済、スポーツ、芸術などの各分野において、日本を牽引する数多くの人材を輩出してきました。
 習志野高校野球部が初めて甲子園に出場した昭和37年には「シュウシノコウコウ」と間違えて呼ばれることもありましたが、今や硬式野球だけでなく、体操、ボクシング、サッカー、柔道、バレーボール、吹奏楽など様々な高校部活動の分野で、「習志野高校」の名を知らない人はいないでしょう。
 先月1か月間だけでも、男子バレーボール部が11月5日に春高バレーの千葉県代表決定戦で勝利、11年連続34回目の全国大会出場を決め、11月12日には女子ソフトボール部が千葉県新人大会の決勝戦で優勝し、全国選抜大会に17年ぶり21回目の出場を決めました。
 ボクシング部3年の堤駿斗選手は向かうところ敵なし。11月26日に開催された全日本ボクシング選手権大会バンタム級で、並み居る大学生や一般社会人選手を連破して優勝し、アマチュア日本一の座を射止めました。次は、東京オリンピック2020での活躍に、期待が膨らみます。

 さらには、11月19日、大阪城ホールで行われていた全日本マーチングコンテストに出場した吹奏楽部は、圧巻の演奏とパフォーマンスを披露し、見事に金賞に輝きました。
 今年のこの全日本マーチングコンテストには、習志野高校を筆頭として、中学校の部に習志野市立第二中学校と習志野市立第四中学校が、そして同時開催の全日本小学校バンドフェスティバルに習志野市立大久保小学校が出場。それだけでも、同一の市から市立の4校が出場するという全国初の快挙でしたが、さらにその4校すべてが金賞を獲得するというまさに史上初の素晴らしい成績を残し、音楽のまち習志野の名を全国に轟かせました。
 習志野高校吹奏楽部がこのように音楽のまち習志野を牽引してくれていることで、市内の小中学校だけでなく、地域の皆さんの音楽活動にも大きな影響を及ぼしてくれています。

 『習志野の王冠たれ』
 習志野市の発展を願って、市のシンボルとしての役割を果たして欲しいという初代習志野市長白鳥義三郎氏の習志野高校に対する熱い思いは、60年たった今もしっかりと引き継がれ、大輪の花を咲かせています。
 

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