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習志野市 未来のために〜みんながやさしさでつながるまち〜習志野
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習志野の海岸から大空に向けて飛び立つ夢 〜鷺沼海岸につくられた伊藤飛行機研究所〜 【2月1日更新】

更新日:2017年2月1日

習志野の海岸から大空に向けて飛び立つ夢 〜鷺沼海岸につくられた伊藤飛行機研究所〜 【2月1日更新】

 習志野の海岸が埋め立てられて新しいまち「袖ケ浦」が誕生してから、ちょうど半世紀が過ぎました。
 昨年中には、第三中学校の創立50周年式典が挙行されたり、袖ケ浦連合町会と袖ケ浦公民館地区学習圏会議が中心となって「袖ケ浦50年史」が刊行されたりして、袖ケ浦地区の50年の歴史を振り返る機会が多くありました(先月末には袖ケ浦西小学校創立50周年式典が行われました)。
 まちができた当初、若い市民層がどっと流入した袖ケ浦地区は、50年の年月が流れる中で、子どもだった世代が大人になって袖ケ浦を離れていったことにより、現在は高齢化率が30パーセントを優に超え、市内で最も高齢化が進んでいる地区の一つになっています。
 小中学校や公民館などの公共施設、下水や道路等のインフラ施設も老朽化が進み、ショッピングセンターもシャッターを下ろす商店が増えてしまいました。
 この袖ケ浦地区の活性を取り戻すことは、魅力あるくらしのできる習志野へ“新しい人の流れ”をつくるまちづくりに向け、重要な政策課題であると考えています。

 このような中、市内津田沼と芝園にキャンパスを持つ千葉工業大学は、本市やUR都市機構と連携しつつ、津田沼と芝園の中間地点である袖ケ浦団地の地域の中に学生が入っていくことで、まちの活性化につなげる取組みを展開してくださっています。
 具体的には、団地5階の2室を学生のシェアハウスとし、学生に実際に居住していただき地域活動や地域のお祭りに参画してもらったり、ショッピングセンターの空き店舗を利用してコミュニティカフェや学生の研究成果の展示等を行ったりして、地域との交流や支え合いを実践してくれています。
 いくつかの研究室を中心として、先生方も含め大学としてこのような取り組みを進めてくださっていることは、とても心強く感じています。このような活性化の兆しの芽を大切に育てながら、袖ケ浦地区の再生に向けた取組みを進めていきたいと考えています。

 

 ところで、この袖ケ浦地域の一角にある「袖ケ浦第二児童遊園」には、「旧伊藤飛行機研究所 滑走路跡」の説明版が市教育委員会により設置されています。
 ここの埋め立て以前の海岸は、戦前まで民間の飛行場の滑走路として利用され、数多くの飛行機やグライダーがここから大空へと飛び立っていった場所なのです。

大空にかけた若者の夢と熱意

 伊藤飛行機研究所は、大正7年4月1日、鷺沼3三丁目の旧千葉街道沿いに、伊藤音次郎氏によって開設されました。
 伊藤氏は、明治45年に日本初の民間飛行機練習所を稲毛海岸に開いた奈良原男爵の弟子で、大正4年に独立し、稲毛海岸に伊藤飛行機研究所を創設しました。手作りで木製の構造、羽は布張りの愛機「恵美号」を製作し、大正5年には当時前人未到だった東京往復を55分で飛行しました。さらに、全国の巡回飛行や民間初の夜間飛行も成功させ、一躍脚光を浴びるとともに、全国に飛行機というものを知らしめます。
 しかし、稲毛の飛行機研究所は、大正6年9月の台風と高潮で施設が壊滅してしまいました。そこで伊藤氏は翌年、鷺沼海岸、埋め立て前の現袖ケ浦の海岸に伊藤飛行機研究所を再建したのです。
 当時のこの辺りの遠浅の海岸は、潮が引いた後ほどよい固さの砂州ができ、格好の滑走路となったのでした。

 伊藤飛行機研究所は、新たな飛行機の設計、製作を手がけ、50数機の飛行機や15機種200余機のグライダーを生み出しました。また、一番弟子の山縣豊太郎飛行士を教官として、練習生の操縦訓練を行い、後の民間航空界の牽引者を多く輩出しました。
 育成した飛行士の中には、女性飛行士第一号の兵頭精(ひょうどうただし)さんがおり、大正、昭和時代に飛行家という夢に向かって奮闘するヒロインを描いたNHK朝の連続テレビ小説「雲のじゅうたん」のモデルにもなりました。
 また、山縣飛行士は、民間初の宙返り飛行を成功させるなど天才飛行士として絶賛されていましたが、連続3回宙返りの飛行練習中に翼が折れて、鷺沼の畑に墜落死してしまいます。享年23歳でした。現在その場所には「山縣飛行士の殉空の地」の石碑が建立されています。

 

 このように伊藤飛行機研究所は、日本の民間航空のパイオニアとして躍進を遂げ、鷺沼海岸、現在の袖ケ浦には、青雲の志を持った若者が全国から集まり、大空に向けて飛び立つ夢を追いかけたのです。
 時が流れ、この滑走路として使われた遠浅の海岸に新しいまちが誕生し、さらに50年が経過しましたが、今またこの袖ケ浦のまちづくりに千葉工業大学の学生たち若者の力が注がれようとしています。
 今も昔も、こうした若者の夢や熱意がまちづくり、ものづくり、ひとづくりの原動力となっていくのですね。

砂浜から滑走させる飛行機

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