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No.83 平成17年10月1日号 習志野の教育4 幻の中学校―習志野市誕生と学校問題

更新日:2007年8月23日

新ならしの散策 No.83

習志野の教育4 幻の中学校―習志野市誕生と学校問題

 「1つの学校なのに、中には千葉市と習志野市の2つの学校がある」少し信じられませんが、今から50年ほど前に本当にあった話です。

 昭和29年(1954年)8月1日、習志野市が誕生した時、千葉市と習志野市に分かれた旧幕張町には中学校が1校しかありませんでした。実籾(現在の実籾小の場所)にあった幕張中です。そのため、千葉市と合併した幕張の生徒は、習志野市域にある中学校には通うことができなくなります。逆に小学校(旧幕張東小、現在の長作小)は千葉市になるため、習志野市の実籾地区のこどもは、千葉市域にある小学校には通えなくなります。

 2学期開始まで1か月しか時間がない中で、「すぐに分離させ、それぞれ学校をつくるべきだ」という分離派と、「今の学校のままで両市の生徒を一緒に勉強させたら」という非分離派の対立が深まり、連日新聞紙上を賑わすほどでした。県の調停もあり、結局、実籾には千葉市立幕張中と習志野市立実籾中の2校が、長作には千葉市立長作小と習志野市立実籾小の2校が、それぞれ同居するという変則的な形で落ち着きました。しかし、「子供達だけは、合併の渦中から遠ざけて、安心して勉強させたい」(実籾中沿革誌)という思いから、中学校では組織上は2校でも実質1校として教育が行われていたようです。翌年には幕張中と実籾小がそれぞれ現在の校地に分離・移転し、7か月続いた「1校地・2学校」という状態は解消されます。

 昭和33年(1958年)9月、実籾中は、二中と統合し(新)習志野市立第二中学校となり、わずか4年の短い歴史を閉じることになります。実籾中は1学年3学級のこじんまりとした中学校でしたが、部活動や課外活動が活発で、特に合唱や美術などの文化活動に力を入れていたようです。「あたたかい雰囲気が充ちあふれた学校で、皆仲良くまるで兄弟のようでした」とかつての実籾中の卒業生は回想しています。また、当時としては珍しい飛び込み台付の立派なプールがあり、水泳大会の会場となったり、近隣の学校がよく借りに来たりしたそうです。当時の生徒も「学校のプールで泳げると思うと、夏が来るのが楽しみだった」と語っています。

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