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No.67 平成15年12月1日号 実籾村の原風景 −400年前の習志野市域その2−

更新日:2007年8月23日

新ならしの散策 No.67

実籾村の原風景-400年前の習志野市域その2-

 前号では、400年前江戸幕府が開かれた頃の古文書について紹介しましたが、もう1つ江戸幕府が成立した頃の資料を紹介します。
寛文〔かんぶん〕・延宝〔えんぽう〕期(1661年から80年)以前に作成された、千葉県文書館収蔵綿貫家文書の小金牧絵図です。

 図は、この絵図の実籾村の部分を写したものです。
東西にはしる東金(御成)街道の南側の、本来は大久保新田があるあたりに「新田之場所」と書かれており、この絵図が大久保新田成立以前のものだということが分かります。実籾村も街道沿いになく、街道の南側、現在の県立実籾高校に対して谷津田を挟んだ向かい側の台地のあたりにあります。むかし実籾本郷にあった村が、東金(御成)街道が造られてから街道沿いに移転したと伝えられていますから、この伝承を裏付けています。
 この図にはもう一つ注目されるところがあります。実籾村のまわりにある「内野」と書かれた場所で、その広さは実籾村の田畑と同じほどです。この内野こそ、前号で取り上げた、刈敷〔かりしき〕や草木灰を刈り取るための野(草山)です。図の東側には長作内野と実籾内野が境を接している場所もあり、事件の舞台になった場所ではないかと思われます。
 当時の景観を想像してみましょう。谷津田に面した集落の周りには畑が広がり、その畑を囲むように草と低木に覆われた内野(草山)が広がっています。谷津田の向かい側には村の社「明神」も見えます。春には野焼きの煙が村を覆っていたことでしょう。棒を手に内野の境を警戒する農民の姿が見えたかもしれません。

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