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No.27 平成10年3月15日号 向学の心に報いて 〜私立学校の教育〜

更新日:2007年8月23日

向学の心に報いて −私立学校の教育−

 明治5年(1872年)の学制の公布以来、それまで寺子屋で行われていた初等教育は、各地に建てられた小学校が担うようになりました。しかし、家業の手伝いなどのため、学籍はあっても登校できない子供が多かったようです。まして旧制中学校や師範学校に通うためには下宿しなければならず、経済的負担は大きいものでした。そのような中でも、さらに学問を志す子どもや、中学校や師範学校の入学試験のため勉強している子どものため、市域に私立学校がつくられました。
 その一つが久々田(今の津田沼)に大正元年(1912年)につくられた大正学館です。創立者は津田沼尋常高等小学校で長く教鞭を執り、初代校長となった吉野茂助氏です。大正学館は三学年制で修身、国語、漢文、習字、算術、代数、幾何、地理、歴史、英語など、当時の正規の中学校に準じた科目があり、多いときには111名の在籍がありました。しかし、私立学校としての経営は厳しく、茂助氏の熱意と努力で運営されていました。創立より延べ1,100余人が学んだこの学舎も昭和8年の茂助氏の死去と共に閉校となりました。

 もう一つの私立学校が、藤崎の正福寺の住職だった川島晃阿〔こうあ〕氏が大正4年設立した三学年制の弘文学校です。晃阿氏は以前より漢文や数学などを教授していましたが、その指導の中でより実業的な学校の必要性を感じ、弘文学校の設立を決心したようです。詳しい史料は発見されていませんが、昭和8年頃には70名ほどの生徒が在籍し、中学校に準じた教科内容が行われていたようです。創立当時は正福寺の本堂を校舎としていましたが、昭和3年に藤崎1丁目の高台に新校舎を建設して移転しました。しかし、晃阿氏の死去と共に昭和16年に閉校されました。
 このように、市域における戦前の中等教育は、私立学校という場で個人の地道な努力により、実践されていたようでした。

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